デジタル化という黒船
黒船襲来が明治維新につながったように、日本社会におけるさまざまな変化が海外からの要求・要請によって加速されてきた歴史を我々は知っている。いま世界はDX(デジタルトランスフォーメーション)をキーワードとする「デジタル化」でかまびすしい。期せずして我が国にもその波が押し寄せている。ITの世界では既に多くの製品やサービスにAIが搭載され人間の動作・作業を補完している。自動車産業ではAIによるパーキングアシスト、衝突回避システム、自動運転、医療の世界では生体検査やロボットを利用した遠隔外科手術にもAIが活用されているのはご存知の通りだ。
こうした製品・サービスにはわが国独自の要素技術が部分的に利用されてはいるが、製品やサービスを全体的に俯瞰してみると、機能構成・パッケージング・利用手順や利用のためのルール作りはほとんど海外で先行する事例の模倣あるいは踏襲したものとなっているのが現状だ。和魂洋才・和洋折衷の真髄とも言えそうだが、こうした状況を受け容れるか、あるいは憤慨し拒絶するかは個人の思想次第、勝手ではある。追尾され、監視されるようで携帯電話を持ちたがらない人がいる、アナログのレコードに拘りストリーミングによるデジタル音源を否定する人がいる、マニュアルギアの車しか乗らない人がいる、、、しかしこうした消費者のこだわりは全て個人的なものだ。進化過程の技術をある段階で受容し、気に入り、それに執着しているだけであり、誠に皮肉なことだが相対的には技術革新の受益者であることには変わりがない。個人レベルの好き嫌いにかかわらず、世界レベルでの技術革新は否応なく進む。有史以来の人間の性(さが)なので今さら抗っても仕方ない。利便・省力・自由を希求する意識はこの進化の中で我々のDNAに深く刻み込まれているはずだ。
デジタルインボイスも然り
畢竟、世界的なデジタル化の潮流には誰しも逆らうことができないのが現実だ。これを外圧による無理強いと片付けてしまうと経済のみならず医療・福祉・教育など社会の根幹とも言える活動分野の至る所で周回遅れ・孤立化、ひいては国民生活全体の地盤沈下を後押しすることになる。B to B の世界ではその影響がより顕著に現れることは言うまでもない。新技術の導入はサプライヤーとバイヤー間の力関係や効率化に向けたせめぎ合いから誘発されることが常であるが、どちらが先にせよ有効で利用価値のある技術は採用され早晩世の中に普及することになる。デジタルインボイスも然りである。
いまEUでは2030年を目処に加盟国全体のデジタル化率(成人のデジタル関連技術に対する練度の割合)を80%まで引き上げようとしている。その基準となる指標は以下の5つである。
デジタル情報及びデータへのリテラシー(例:WEBサーチなど)
デジタルコミュニケーション能力(例:emailやSNS)
デジタルコンテンツの作成(例:アプリを使用したコンテンツの作成など)
セキュリティーの理解(例:個人情報の保全など)
デジタル製品・サービスに関する問題の自己解決(例:ソフトウエアのインストールなど)
EUでは、2030年までに家庭でも職場でも、つまり C to C (P to P)、B to C、B to B にかかわらずこうしたデジタルスキルを活用することが求められている訳である。しかし、こうしたスキルは現状EU内でも格差があるのは当然で、デジタル化率も2023年度の調査では基準をほぼ満たす人の割合の全体平均は56%であった。これを80%まで上げる計画なのだ。改めて言うまでもなく、EUにおけるデジタル化率向上の影響は世界の他の地域にも僅かの時差を伴って波及する。前出の自動車産業や医療における技術革新の事例を参考にすれば分かり易いだろう。
Peppolにより加速する「デジタル請求革命」
デジタルインボイス(Peppol)もEUで進行中のデジタル化率向上の一環として各政府・企業による導入が加速している。Peppol(Pan European Public Procurement Online)とは、Open Peppol(ベルギーの国際的非営利組織)がその管理を行っており、請求書(インボイス)などの電子文書をネットワーク上でやり取りするための「文書仕様」「運用ルール」「ネットワーク」を国際標準化を目指しEUが強力に推進するDX施策である。日本政府(デジタル庁)も2021年に正式加盟し導入を開始した。現在、EU各国のみならず、日本をはじめオーストラリア、ニュージーランドやシンガポールなどの欧州域外の国も含め30か国以上での導入・利用が進んでいる。
請求書を取り巻く環境は変化を続けている。情報通信における進化論に例えると、紙ベースの請求書を郵送で授受していた時代をインボイス1.0、PDF化した請求書をメールに添付し送受信している状態(現状恐らく大半だろう)をインボイス2.0、請求書はさらなる進化を遂げ、インボイス3.0の段階では国際標準仕様であるPeppolによるデジタルデータ交換・連携により請求業務のみならず受発注から入出金・仕訳までの取引情報を一元的に管理・操作できるようになる。EUにおけるデジタル化率向上施策を一つのきっかけに、こうしたデジタル化の流れは今後さらに加速する見込みであり、好むと好まざるとにかかわらずデジタルインボイスの洗礼を受けることになる。しかしこれは悪いことではない、デジタルインボイスは企業の受発注・請求・支払・入金業務に極めて大きなインパクトをもたらすことになる。まさに黒船襲来をきっかけとした「デジタル請求革命」と呼んでも良いだろう。